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活性酸素と抗酸化酵素

 朝から読書・・・午後からは感化され二ヶ月間白米を食べたので玄米に戻すべくお米屋さんへ・・・しかし、農薬だらけの玄米を買うつもりも無く遠くの本格的な玄米を買いに行きましたぁ~そのお米屋さんは結構知識自慢してきたので一通り聞いた後にチョボチョボと回答していくと店を出るときは深々と頭を下げてくれましたぁ~私の薀蓄ってそんなにいいのかなぁ~?
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 夕方からは海まで走りに行ったのはいいけど帰りは久々のブルベ状態・・・夜もいいねぇ~
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珍事中夭

 思いがけなく降りかかってきた災難?いきなり論文を出すこととなった昨夜・・・結局徹夜・・・そんなに私の意見が聞きたいのかなって思ったけどなすがまま^^
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 それはともかく、朝、みんなでノルディックウォーキングに行く約束のばぁさん二人、一人は仮病で一人はゴタゴタ言って結局不参加・・・私はそのヴァーサンに相手していて結局午前中は潰れ
 午後から書いた論文を届ける為に車で長距離を走ったので帰宅後自転車に乗りたくなってペダルを踏んでいるとケチの付いていたカーボンスポークを全て交換したので受け取りに行く事を思い出しお店へ・・・この自転車屋さんは凄腕ですぅ~

天明の時代は天体の影響?

 面白くない話なので無色で書きます~

 天明の大飢饉の引き金になった世界の噴火活動はきっと天体の仕業では?って勝手に思い込んでいる小生ですが・・・

 そんな時代に松平定信は・・・
 松平の定ちゃんが白河藩主に就任したのは、天明の大飢饉の最中である天明3年(1783年)であるが、それ以前から養父・定邦に代わって藩政を代行していたと言われている。
 「定信は天明の大飢饉で苦しむ領民を救うため、自らが率先して倹約に努め、さらに領民に対する食料救済措置を迅速に行なったため、白河藩で天明の大飢饉による餓死者は出なかったと言われている。特に東北地方における被害が大きかった天明の大飢饉で、これは異例のことと言ってもよい。これは、近隣の会津藩の江戸廻米を買いとるなど迅速な対応によるものだった。」・・・ここまでは一般に言われている事で今から25年ほど前に白河で知り合ったお祖父さんから聞いた話によると「子供の頃隣村の飢饉と体験したお祖父さんのご両親の話を聞いたがそれはそれは定ちゃんは酷い人だった。西郷村は隣村だったけど道には餓死した人の死骸があふれ定ちゃんの領域に入ると追い出され全くよそ者を受け入れてくれなかった」後に戊辰戦争の際に怨恨となって周りの村は新政府側に付く事となった背景が伺われる。
 定ちゃんさ寛政の改革で気持のいい政策を提案し逆手を取られて白河藩の財政の圧迫を招いている^^とここまではアフォ~の定ちゃんの話ですがそんな事があった時代・・・
 
 対照的に高山彦九朗(その戒名は有名な松陰)は・・・
 その生涯の多くを遊歴の内に過ごしたが、その足跡は、北は津軽国(青森県)宇鉄から南は薩摩国(鹿児島県)開聞岳にまで及ぶ。またその交友関係も広く、前野良沢・頼春水(山陽の父)・藤田幽谷(東湖の父)・林子平・蒲生君平などから贈られた詩文・書簡・和歌等が残っている。寛政3年(1791)九州に入り、久留米・長崎・熊本などの滞在を経て、苦難の末鎖国政策をとっていた薩摩へ入っている。まだ長平たちが鳥島で漂流生活を続けていた寛政5年(1793)6月27日筑後国(福岡県)久留米在住の儒医森嘉膳宅で自刃した。

 幕末の行き詰まりは更に高野長英の追跡劇や北海道の焼尻島に漂流したマクドナルドの取り調べでもその異常さが露呈されてムバラク大統領ではないけど行き詰まった権力はそんなに続かないものです^^
 
 さて、昨日読んだ「漂流」はそんな間抜けや賢人が頑張ってる最中に起こった事でともとは天災(宇宙の仕業?)から発したものです。筆者の吉村は第二次大戦の軍事政権と幕末の幕府を掛けあわせています。私の感想はズバリ「終戦後でも飢死(実は私の親族でも一人います^^)した人が多いのにさらに激しい天明の飢饉の最中にアホウドリ喰い放題で無限の時間を過ごせてよかったな~」

 その舞台の鳥島はおよそ人間が住むのに適した場所ではない。しかし、この島があったおかげで、帰還を果たした漂流民は、江戸時代だけで80人以上に及ぶ。
 万次郎たちが鳥島へ漂着する43年前、土佐赤浦の長平(野村長平)が鳥島を脱出し、帰郷している。しかし、万次郎一行は長平のことを知らないばかりか、鳥島の存在さえも知らない。長平らの貴重な体験は各地の漁民たちに伝わることがなかった。この2組の間に鳥島から生還した記録はないが、生還組が漂着した間隔からみれば、10年間に2,3組はたどり着いているようである。43年間には、幾人もの漂流者が鳥島に流れつき、失意の中で命を落としたのだろう。

 万次郎等五人も、アホウドリが渡ることを察知しつつも、頭弱い系なのかそれを保存食としておらず、救助されたときの様子からしても、翌春まで生き抜くことは不可能だったように思える。救出されたのは幸運だった。

漂流民で銅像になったのは、
 大黒屋光太夫、中浜万次郎、浜田彦蔵、野村長平の4人

徹夜で本を読んだので起きたのは~

 サクリフェスに続きヒルクライマーを一気読みしました^^この本はヒルクライミングに挑戦していく様子を立体的に描いている構成でその快楽の境地を表現してます。いろんなアタックを描いていますが前半に出てくるあかりのスーパーアタックが一番のインパクトが強かったかな^^しかし、読破後の余韻を楽しむ私にとっての総合評価はサクリフェスの方が上
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 午前中にたまごさんからメールが入り本日急遽那須へ来るとの事になったそう~で夕方に紫陽花が見頃ななまけもので合流しました^^おしゃれなサイクリングウエアーで登場したたけっちさん、たまごさん、それに時々店主と自転車談義。。。たけっちさんが店主の自転車を整備したり途中なまけものへきたお客さんと自転車に乗ったりして気が付いてみるとブヨに喰われながらも三時間近くこの雰囲気を楽しみました^^

今日も走ろうかと思いましたが。。。。

 自転車の汚れを落としピカピカにしたので走る気満々でしたが昨夜大子の帰りに日本舞踊の先生にばったり会ったのを思い出し夕方まで久々に茶飲み話を長々としてきました^^

先生の先祖が日清戦争で活躍したの話をしてくれたので自分なりに調べてみた^^

その戦いの名は明治27年11月6日に起こった「石門子の戦い」

敵の清軍は金州城へと逃亡した。

さて金州城は高さ8メートルの城壁を囲らし
これを守る清国軍は八旗軍1000人を含めて兵5000人,砲30門で護衛に当たっていた。
周囲は約4キロもあり 今度は城壁を登ってきても撃ち殺せるように
いろいろな罠が敷かれ銃がその周りを埋めていた。
清軍は砲を撃ち銃弾を雨のように降らせた。
日本帝国陸軍の突撃隊が城門を破ろうとしたが 砲でもびくともしないし
しかも地雷原があり それに引っかかり日本兵が続々と死んでいった。

そこに一人の工兵が飛び出して来た。
彼の名前は栃木県生まれの小野口徳治と言った。

彼は永安門に一人で突入するとすばやくシャベルで穴を掘り
ダイナマイトの束を埋め込んだ。

日本陸軍は急いでこの工兵を援護射撃した。
慌てたのは清軍でこの工兵を射殺しようとするが永心門に隠れるように
へばりついていてなかなか射殺できない。
彼は銃弾を受けてしまったがそれを無視して工作活動を迅速に進めた。

そして工兵はなんと敵の地雷原の導火線を切った後にダイナマイトにも
火をつけて 急いで味方陣地に逃げて来た。

大音響とともにさすがの永安門もふっとんでしまった。

それを見た第二連隊が突撃ラッパとともに突っ込んだ。
そして別の工作兵が今度は同じ要領で第二門を爆破した。

そして秋山(好古)ら含む騎兵隊も突入した。
そこには長谷を含む薩摩特殊騎馬隊もいた。

清の、総兵・徐邦道は騎馬隊を率いて応戦ししたが
相手が悪すぎた。

長谷らの部隊は秘密特殊部隊であり 銃も幾つか携帯していた。
一つは日本陸軍標準の村田銃 そして接近戦用の散弾銃
そして大量の敵に当たる時のための機関銃である。


翌年の4月16日に秋山好古の幼馴染である正岡子規が従軍記者としてこの地を訪れている
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プロフィール

あぷりんく

Author:あぷりんく
新人類世代のチョイワルオヤジ

好きな色は ピンク

好きな花は バラ

好きなTVは 水戸黄門

好きな歌は おしりかじり虫

好きな果物は 山形産のりんご

好きな言葉は 
暗いと不平を言うよりも進んで明かりを付けましょう
 

最近の趣味といえば 
昼は自転車での散歩であとは時々夜空を見上げることかな?


前の趣味は 放浪

ずっと前の趣味は 山登り

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